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構造主義・ポスト構造主義について俯瞰的に勉強し、アルド・ファン・アイクやヘルマン・ヘルツベルハーらの作品との関係について考察しました。おそらく彼らはレヴィ・ストロースが未開社会の親族分析に用いた「構造」的分析手法を直接設計手法に導入した、ということはないでしょう。そういった意味ではむしろクリストファー・アレグザンダーの方がより直接的に影響を受けているといえます。でも思想というものは時代の雰囲気みたいなものを創り上げるので、知性的で視野の広い建築家であれば同時代の思想に敏感に反応し作品に何らかの形で現れるということはあってもおかしくない。実際に、言語学における狭義の構造主義ではなくて広汎な知的革命として構造主義を捉えると構造主義の思想とファン・アイクやヘルツベルハーの思想にはいくつかの共通点を発見することが出来ます。その共通点とは、近代批判。非西洋の参照。差異の概念。作家の不在。表層と深層。
近代批判 ― 構造主義、ポスト構造主義はサルトルの「主体性」=近代的人間像を批判した。また、歴史は常に進歩してきたという近代的歴史観をも批判した。構造主義、ポスト構造主義ともに思想としてはポスト・モダンといえる。一方で構造主義建築家たちは彼らのキャリアをTeam10によるCIAMの解体からスタートする。彼らの活躍した時代は近代建築への反動の時代である。均質でなにも誘発しない空間への批判。不純物を徹底的に排除して美学を追及する近代建築家の姿勢に対する疑念。
非西洋の参照 ― 構造主義、ポスト構造主義が知的革命として大きな影響を持った理由のひとつに、西洋中心主義への反省という視点の導入があげられる。実際、レヴィ=ストロースはブラジルや東南アジアの親族構造の研究を行った。その結果、未開社会と西洋に一方的に規定されてきた社会に文明社会に勝るとも劣らない優れた社会維持の婚姻システムが働いていることを発見する。一方で構造主義建築家たちも北アフリカやエーゲ海の島々の集落調査などを通して得たインスピレーションをもとに作品をうみだす。彼らは時折、未開社会の集落に言及する。*1
差異の概念 ― レヴィ=ストロースが「構造」概念を確立するのに決定的な影響を受けたフェルディナン=ド=ソシュールの言語学からくる概念。「もの」はそれ自体では存在せず言語によって生み出された差異によって「もの」として認識される。世界は言語によってつくられた形成物である。*2一方ファン・アイクは「差異の世界」というコンセプトの元に空間を考える。*3
ファン・アイク「差異の世界」
作家の不在 ― ポスト構造主義におけるテクスト性の概念=書かれたものを書き手の意図と全く無関係なものとして読み解く。*4一方で構造主義建築家は、作家性と使用者の生き生きとした生活のバランスをとろうとする。建築家が建築を完全に彼自身の「作品」として製作する態度を潔しとしない。どの程度までを「構造」として作って、どの程度まで使用者のアクティビティを想定するのか、が主な関心事。楽器や服を例として挙げる。*5
表層と深層 ― 構造主義、ポスト構造主義ともに変化する表層(=社会、文化、思考)の深層に「構造」(=形而上学的存在)の存在を肯定する。一方で構造主義建築家は、深層(構造=物理的なモノの形態=空間の形式)を設計し表層(使用者による個人的な解釈と操作)を期待する。